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第2回 歴史小説と回想録

歳月
歳月
著者:司馬遼太郎
出版社:講談社文庫
ISBN:4061310399
出版年月日:1969年刊(文庫版1971年刊)

名ごりの夢
名ごりの夢
著者:今泉みね
出版社:平凡社・東洋文庫9
ISBN:4582800092
出版年月日:長崎書店1941年刊(東洋文庫版1963年刊)

 第1回で紹介した新聞記事の翌日、6月28日の読売新聞の「肖像」というコーナーで、福岡県出身の末松謙澄(1855〜1920)が「『司馬史観』の被害者」(執筆:鬼頭誠)として紹介されました。
 記事では司馬の作品の中でも人気が高い『坂の上の雲』について、「作品発表から三十年以上たった今も評価は高いが、人物描写では、作者の司馬遼太郎の思い込みや過度の単純化による偏りも指摘されている」と切り込んで、その被害者である末松の汚名を雪ごうとしています。
 司馬小説を根拠に人物評を熱弁するファンに閉口した経験が何度かあります。司馬小説をほとんど読んだことがない私は、上の記事を見てちょっとほっとした気がしました。
 この記事は歴史小説の受けとめ方の難しさを暗示しているように思えます。
 一般的に、学術書や研究者の手になる概説書には忠実な史実が書かれていて、小説にはフィクションの比率が高いというイメージがあります。逆にいえば、小説である司馬作品に上のような批評が起こることは、司馬がいかに史実に精しいと見られているかの表われともとれます。
 司馬遼太郎の代表作『歳月』では、学者以上と評された司馬の史料調査の痕跡が窺われます。幕末からの江藤の動きを細かく調べ上げて、丹念に足跡をたどっています。けれども、散見される次のような名調子に、おもしろさの反面、この作者の人物観への漠然とした不審が芽生えます。

 人間の才能は、大別すればつくる才能と処理する才能のふたつにわけられるにちがいない。西郷は処理的才能の巨大なものであり、その処理の原理に哲学と人格を用いた。大隈もやはりその系列に属するが、その原理に哲学や人格を用いるということはなく、事務的才能をもってそれに替えた。大木喬任も処理家であった。大木は処理の原理には常識をもってした。副島のばあいはやや人格的格調は高いがやはり処理家であり、創造家でありがたい。板垣は処理家でも創造家でもありにくく、まったく別系列の、たとえばもしかれが適職を得ようとすれば野戦司令官のほかにはあまりしごとはない。

 まるでチェスで駒を並べるような無邪気さです。
 とはいえ、人物像は――毎日の報道でも、職場の人間関係でも――視点によってまったく異なって見えるのですから、小説の作者を「思い込み」や「単純化」という点で責めるのも酷な気がします。また一方、司馬の歴史観の影響力があまりにも大きいために、人物評価を歪められているというようなもどかしさを持つ人がいるのにも肯けます。たとえ学者の論考であろうと、人物を描くということは、その一部を切り取ったり、照明を当てたりする以外に手がないのですから、読者は、描かれた人物の真相に迫ろうなどと強欲を持たず、書き手の見方として楽しむ以外にないのかもしれません(ちなみに「小説」のもともとの意味は、信用のおけない書物です)。
 さて、このコーナーではできるだけ入手できる本を案内したいのですが、佐賀の偉人に関する好著の多くは絶版の状態です(本当の「佐賀偉人図書館」は、佐賀県立図書館の郷土資料室にあります)。
 そんな中、最初に刊行されたのが昭和16年(1941年)で、なおかつ生涯わずかに1冊しか残していない女性の回想録『名ごりの夢』が現在も入手できることは、本当にありがたいことです。ここでは、ある意味で論文よりも小説よりもリアルな人物像が描かれています。
 語り手・今泉みねは江戸幕府の奥医者で唯一の公認蘭方医であった桂川家という名門の家に安政2年(1855)に生まれ、明治6年(1873)佐賀の今泉利春に嫁しました。この本は、昭和10年(1935)から約3年、80歳のみねの驚異的な記憶力をもとにまとめられた、幕末の江戸を伝える記録です。他にも、成島柳北や福沢諭吉などの家に出入りする有名人と幼いみねの交流などいろいろな話で盛り沢山です。解説を執筆している金子光晴が名文を擁して「この本は、なんといってもいきのいい、なまものである。鮮度と、味を落とさないようにして食べることがかんじんだ」と絶賛しています。
 そして、明治政府の官吏を勤めた夫の今泉利春とその周辺が描かれ、他の本ではお目にかかれないような、江藤新平、大隈重信、副島種臣たちの無防備な姿がひょっこり顔を出しています。「江藤さんの獄門」と題された一篇は、当時の江藤に近しい人々の機微を淡々ともの悲しく語っています。また、夫・利春が副島種臣を心から尊んでいたことから、副島との交友談が多く見うけられます。副島が維新後も食物や着物に極めて質素だったことは有名ですが、利春もみねを京都の御所に伴い、やぶれた障子を見せ、ことあるごとに「皇室のことを考えると畏れ多い」とくり返し、生涯質素な生活を送ったことが妻の言葉で語られています。利春の周辺で西南戦争に呼応する動きがあったことも無造作に紹介され、西郷が副島の蜂起を期待していたという話を想起させます。
 『名ごりの夢』は小説の細かな歴史描写とは違った意味で、歴史上の人物を屋根裏からのぞき見したような気にさせる珠玉の1冊です。終章では、夫の最期の病床で、病院長へ宛てた副島の電報「国のために今泉を死なすな」を引いて、「忝けない涙の思い出」としめられています。

(2004.9.21 荷魚山人)