「にゃーごとあろう」父の後ろ姿
6月20日刊予定
小山内富子著
昭和初期の日本に、たしかにあった
父と娘、大人と子供の生活をつづった、
うるわしくて、つつましくて、
せつなくて、そして、心にひびく36篇。
佐賀に育ったひとりの少女が出会った日々の出来事。
むかしの大人のやさしさ、
むかしの子供のひたむきさの記憶に、
なつかしい幸せがよみがえる。
挿絵:緒方義彦
本書より
……村の巡査の俄か関所での任務は、闇米の取り締まりだった。……そんなある日、如何にも貧乏疲れを感じさせる冴えない風采の中年の男の人が、おずおずした足取りで家へやってきた。……その男の人は、足を引き摺りながら何軒も何軒もの農家を歩き廻って、やっと一軒の農家のお婆さんから、一升のお米を分けてもらったということだった。
ところが運悪く、関所のお巡りさんに所持米の尋問をされ、一升の白米は没収されたという。
「不甲斐ない話ながら、職場での怪我で仕事も首になり、女房も気苦労からやろ、乳の出んごとないまして、赤子に飲ませるおもゆば作る米も底ばついてしもーて、やっと、この下ん村の初めて会うたお婆さんから一升分けてもらいましたと。そのお婆さんは、よかよか早う行きんさい、家んもんの帰ってこんうちにちゅーて、どがんしても、お金ば取ってくんさらんやったもんなた」……(つづく)
――「村の巡査と一升の米」より――